監禁されていた女性は、ひとりで車を運転して実家へ行き、母親と銀行にも立ち寄っている。助けを求める機会はあったように見える。
だが、女性は監禁先へ戻った。部屋には3歳の娘が残され、外出中も5分おきに電話を入れるよう命じられていた。
外には出られた。家族にも会えた。それでも逃げられなかった。
北九州監禁殺人事件の怖さは、この矛盾にある。1996年から1998年にかけて7人が死亡し、事件が明るみに出たのは2002年。なぜ人は、目の前に出口があっても、それを選べなくなるのか。

監禁されていた女性は、ひとりで車を運転して実家へ行き、母親と銀行にも立ち寄っている。助けを求める機会はあったように見える。
だが、女性は監禁先へ戻った。部屋には3歳の娘が残され、外出中も5分おきに電話を入れるよう命じられていた。
外には出られた。家族にも会えた。それでも逃げられなかった。
北九州監禁殺人事件の怖さは、この矛盾にある。1996年から1998年にかけて7人が死亡し、事件が明るみに出たのは2002年。なぜ人は、目の前に出口があっても、それを選べなくなるのか。
